Takehana Lab

System Trading : MultiCharts, TradingView, Python, R

トレードステーション日本市場撤退

いきなりステーキってありますよね. いきなり登場して, いきなり店舗数を大幅に拡大し, 今いろいろなエリアからいきなり撤退している倒産寸前の企業です. あの会社を見ていると経営の難しさについて改めて考えさせられます.

さて, マネックス証券が突如トレードステーションの日本市場撤退をアナウンスしました.

この衝撃, この唐突感, まさに「いきなり」です.

自分は長きに渡ってマルチチャートを使い続けている人間なので, 当然互換性のあるトレードステーションにも思い入れがあり, 今回のことは残念でなりません.

なぜ撤退したか

撤退の理由について本当のところは勿論分かりませんが, おおよその予想はつきます. 少し前から全機能が無料だったトレードステーションの使用に条件が課されるなど, 前兆があったからです.

おそらく無料のチャートサービスやデータフィードのみを使用して, 取引には他のブローカーを使用する方が非常に多かったのでしょう.

トレードプラットフォームはサービスを提供するだけで, データ料金やサポートの設置, 定期的なメンテナンスなど, 大きな運用コストが掛かります.

直接トレードに使用されず, 収益性の低いトレードステーションでは, 今後もこれらのコストをペイできないと判断されたのだと思います.

また収益源を顧客の取引手数料だけに依存したことも失敗の大きな原因だったと思います. 例えば少額の月額利用料金を徴収するなどすれば簡単に撤退とはならなかったはずです.

なぜこのような事態になってしまったのでしょうか?

僕の個人的見解では, その原因は日本金融市場の特異性にあると思います.

なぜならトレードステーションはシステムトレードグローバル・スタンダードであり, これほど普及に失敗した例は, 世界的に見ておそらく日本だけだからです.

日本市場の特殊性

そもそも日本の株式や先物, 為替業界は今では完全なガラパゴスと化しています.

世界中のほとんどの市場でプライスデータの API が公開され, 自由にトレードプラットフォームを選択したり, プログラムによる取引が可能となっている時代に, 何故か日本のブローカーだけがあらゆるアセットクラスで API を公開していません.

株式, 先物, 為替, オプション... どのような分野でも十分なデータフィードを提供しているブローカーを見たことがありません. まともなサービスを提供している数少ないブローカーもほとんどが外資系です.

世界的に有名なブローカーといえば Interactive Brokers 証券ですが, ここの API は凄いです. ほとんどのプラットフォーム, プログラム言語について自社のデータを配信しています. 取引するには最高の環境でしょう.

シストレ業界で仮想通貨取引が流行っているのも, 仮想通貨ブローカーは日本市場の古くからある慣習と無関係な企業であるため, 柔軟な API を配信していることが大きいのです.

一般に考えれば, API を公開する → 取引量増える → 利用者増える → WINWIN となるはずですが, 日本でだけは得てしてこれがそうなりません.

今まで何度となく様々なブローカーが自動取引用のサービスを提供しては失敗している歴史からしてもその事実は明らかです.

日本人には価値あるものにはお金を払うという習慣がない

とにかく日本人はコストを嫌がります.

例えばプライスデータを有料契約して入手することは, 世界的にはある程度常識となっていますが, 日本のトレーダーでデータに使用料金を払っている人は稀でしょう.

取引コストも同じです.

為替や株式のブローカーはこぞって取引コストを下げ続けてきました. ツールの充実よりも, サービスの柔軟性よりも, コストコストコスト…です.

iPhone が高額であるにも関わらず日本で普及したのは, 当時斬新だった1円ケータイというパッケージングとラクラクホンのような誰にでも使いやすい(自由度の低い)使用感のためです.

日本人は昔から「単純で安いものだけ」を好む民族なのです.

勿論例外はあります. しかし大多数の観点から見れば日本人は「価値あるものを時間とお金をかけて長期的に育てる」というよりも「短期的に目先のコストを低く抑え, 楽して上手いことやりたい」という考え方をします.

このような市場でトレードステーションのような, まったく新しいサービスを時間をかけて浸透させていくアプローチが成功するはずがありません.

成功させるには, トレステに追随するブローカーが次々に現れ, API サービスを提供するブローカーが増え, 日本株システムトレード界隈全体が一気に活性化するような連鎖的科学反応が起きる必要があるのです.

そのような大規模な転換を起こすには, トレードステーション導入程度ではカンフル剤が足りないということでしょう.

プラットフォームごとのビジネスモデル

ではあらゆる取引プラットフォームが日本で普及に失敗しているかというとそうではありません. 2つの前例があります.

Meta Trader

通称 MT4, 5 は日本市場に完全に浸透し, 成功しました. 現在ではシステムトレードの代名詞ともいえるようなプラットフォームにまで成長しています.

なぜメタトレーダーが成功したかといえば, その要因は特異なビジネスモデルにあります.

一般にトレードプラットフォームはユーザーファーストで開発されます.

優れたプラットフォームを作成し, 機能をパッケージングして, 月額, 年額などのプランでユーザーに利用料を支払ってもらうというビジネスプランです.

しかし, メタトレーダーはブローカーファーストで開発されたプラットフォームです.

メタトレーダーを使用している人でターミナルの使用料金を払っている人はいないと思います. 当然です. 料金を支払うのはブローカーですから.

ブローカーが顧客にトレード用のサービスを提供するのは実は大変なんです. チャートサービスの提供や顧客管理, オーダーブック管理によるマリーやヘッジ. コストモデルの選定やサポートなど…初期投資, 運用コストともに非常に大きくなります.

メタコータス社はこの点に注目して, ブローカーが導入しやすいチャートツールを開発しました. 上記のような業務のほとんどを一括で導入できて, 運用も簡単, 新機能の開発も勝手にやってくれるとなれば, 多くのブローカーが飛びつくのは当然です.

多くのブローカーがメタトレーダーを導入 → 多くのトレーダーがメタトレーダーを使用 → 開発者の市場が形成される→ 拡張性の高いパッケージとして認知される → 普及率が幾何級数的に増加する. という連鎖反応を生み出しました.

しかし, このビジネスモデルには大きな欠点があります. それはブローカーファーストのサービスであるために, ブローカーが利益を得られることが最優先事項となってしまったことです.

その結果「いかにトレーダーからブローカーが金を巻き上げるか」というコンセプトでメタコータス社はプラグインを開発し, 数多くのブローカーがそのプラグインを自社のメタトレーダーに導入しました.

MT4 で取引しているとバッドティックがあったり, 極端な約定遅延やレート操作など, 不正ギリギリの(ギリギリアウト)体験をすることになります.

このような環境に不満を抱いたプロのトレーダーは次第に MT4 を離れていき, 独立系ベンダーのプラットフォームまたはネイティブなプログラム言語によるトレードを行うようになりました.

Trading View

最近になって注目され, 業界標準となりつつあるのが Trading View です. まず書いておきたいのですが, Trading View は Multi Charts 社が提供するクラウドプラットフォームであり, 機能の多くは Multi Charts と共通しています.

このサービスの最大の特徴はデータとプラットフォームがセットで提供されていることです.

これは実は凄いことなんです.

昔からある独立ベンダーのチャートパッケージではデータフィードとプラットフォームは別々のサービスとなっていることがほとんどです. 例えば僕はマルチチャートで Esignal のデータサービスを利用していますが, 月額2万円くらいします.

同じくらい多くのデータにアクセスできてかつ OS の縛りがなく, プログラミングによるインジケータ, ストラテジーの開発が可能で, 常に最新機能が使えるというのは, もはや奇跡としか言いようがありません.

またビジネスモデルとしてトレーダーと利害が衝突しない点にも注目したいです.

所謂サブスクリプションモデルでサービスを提供しているため, 開発方針は顧客ファーストであるはずです. MT4 と違ってブローカーの悪意がトレーダーを邪魔することもないでしょう.

上で日本人はコスト中心に考えると書きましたが, 参照できるデータ量や, あらゆる OS で使用できる点, 洗練されたチャート機能など, これだけ多くのベネフィットがあれば, むしろ Trading View の有料サービスは割安に感じられる可能性すらあります.

しかしこのプラットフォームも残念ながら現状, 完全ではありません.

レートをよく見ていると分かると思うのですが, どうしても価格が大きく変動するときなどはブローカーよりも価格配信が遅くなります. デイトレードスイングトレードなら問題ありませんが, スキャルピング(HFT)の取引に利用することはほぼ不可能です.

また, マルチチャートでは Dot Net Frame Work を使用することでプラットフォームそのものを改造したり, データベースに価格データを保存したり, 外部ライブラリを参照したりと, ほぼ無限に近い拡張性を得ることができるのですが, クラウドプラットフォームの Trading View ではそれができません. この点は半永久的にどうにもならないでしょう.

結論

長くなりましたが, まとめます.

トレードステーションの撤退の主要な原因は日本人の投資スタンス, 価値観に原因があると考えます. この点を上手くカバーした例には Meta Trader と Trading View があります. どちらも日本人の目先コスト偏重主義を上手くクリアしていますが, 完全ではありません.

個人的に考える最高のプラットフォームとは, 現在の MC.net と同じだけの機能を要しながら, Trading View と似たようなデータ込みのサブスクリプションモデルを実現したものということになるのですが, 現状そのようなサービスは何処にも見当たりません.