Takehana Lab

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トレードとドーパミン

トレーダーは裁量トレーダーであれ, システムトレーダーであれ, 誰もがドーパミンと戦う必要があります. 今回はトレードにおけるドーパミンの作用について解説したいと思います.

ドーパミンとは何か

ドーパミンはアドレナリンに似た脳内物質で,セックス, ギャンブル, ゲームなど人間が何かを楽しんでいると感じているときに脳内で発生します.

ドーパミンが放出されやすい人間の営みに共通しているのが, その中毒性です.

セックス中毒やギャンブル中毒, ゲーム中毒やアルコール中毒といった何らかの依存症は脳内の快楽物質であるドーパミンの中毒によって発症します.

ドーパミンそのものは人間に必要なものです. 人間が前向きな気持ちで何かに取り組んだり, 懸命に努力するのはドーパミンによる脳内の報酬システムによる部分が非常に大きいからです.

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しかし一度トレードとなると話が変わってきます.

トレード経験の長い人であれば理解していただけると思うのですが, トレーダーは感情や衝動ではなく, 知性や理性によって取引活動の全てをコントロールする必要があります. しかしドーパミンが脳内で放出されている状態ではそのようにできなくなるのです.

例えば, 後からチャートを見直すとなぜこのようなポイントで取引したのか理解できないと感じるエントリーや, ロスカットできずに損失を無意味に拡大してしまうなど, 本来の自分ならあり得ないミスを犯してしまう原因は, ほとんどの場合ドーパミンの作用によります.

なぜドーパミンはトレードに悪影響を与えるのでしょうか. それはドーパミンに幻覚作用に原因があります.

人間はランダムな情報を与えられるとその中に無意識のうちに自分の望むものを見出してしまう本能があります.

トレーダーは訓練によりその癖をある程度修正できるのですが, ドーパミンが絡むとそのような訓練の甲斐もなく, 現実を正しく認識することができなくなってしまうのです.

世の中にある多くの投資メンタル本はこうした人間の本能的な脳内構造の弱点につけ込んでいます.

問題の本質が脳そのものにあるのに, 考え方を変えたり, 意識をコントロールしたりすれば本当に問題が解決するでしょうか.

トレードのメンタルに関する書籍ではトレーダーが抱える精神的問題は人間の人間らしい心理にあり, 考え方を変えれば, 欲望や恐怖の影響を超越して, 一貫性の扉を開けることができるなどと書かれています.

" 心理的なダメージを受けることなくトレードする秘密の方法がある. これからそれを君に伝授してあげよう " このような言い回しは所謂聖杯取引手法を売り込もうとするグルと非常に似ています.

トレーダーが取引手法に関する聖杯については簡単に嘘を看破できるのに比べて, メンタルに関してはそうできない理由は, 心理学などの学問が背景にあることに起因するようです. つまり " 専門家の意見 " として文章を読むと, その内容が間違っていても簡単に見破ることができなくなるのです.

人の脳がドーパミンに支配されるのは生き物として当たり前のことであって心の弱さとは関係ありません.

意識や思考を変えようとしても無駄です. 人間が人間らしさを捨てようとしても廃人になるだけです.

ドーパミンがトレードの邪魔をするのは事実ですが, 逆にドーパミンを失った人間は, 体が段階的に全く動かせなくなる難病パーキンソン病に罹ってしまいます.

トレードで失敗して「俺は何て心が弱いんだ」と思っている方は安心してください. 取引の成功失敗に心の強さは何の関係もありません.

どうすればいいのか

ではこのドーパミンと上手く付き合うにはどうしたら良いのかということですが, 一番良いのは訓練して脳内の報酬システムを変化させることです.

多くの方が無意識に取引で成功すると自分を褒め, 失敗すると自分を叱っていると思います. 実はこの考え方がドーパミンの悪影響をもたらします. ここを変えるだけで取引結果は激変するはずです.

まずトレードで成功したときはそれほど自分を褒めないようにします.

自分が望むことをせずに, 逆に自分がしたくない用事を片付けるなど, どちらかといえば脳に負担をかける作業を行ってください.

逆に取引でルール通りにロスカットして損をした場合, 多少大袈裟なぐらいに自分を褒めてください.

トレードで成功した時の数倍は褒めてやる必要があります. 前から欲しかったものを買うとか, 行きたかった場所に遊びに行くとか, 好きなスイーツを食べるとか, とにかく褒めちぎることです.

ドーパミンは人間を不幸にさせるための物質ではなく本来を人を幸せにする物質なのです. 重要なのは報酬システムを変化させることです.

このモデルチェンジに成功すればロスカットを喜び, ターゲットヒットを冷静に受け止めることができるようになります.

なぜこの方法が上手くいくのか

鋭い方はこのメソッドが動物の訓練に酷似していることに気づかれたと思います.

詳しくは以下で解説しますが, 人間がトレードに使う脳組織は最も原始的な部分なのです. そのため訓練方法は知的というよりは, どちらかといえば動物的な本能を調教するものに近くなります.

脳の仕組み

人間の脳には大きく分けて二つの領域があります.

一つは大脳辺縁系と呼ばれる大部分を占める組織です. これは人間の原始的な部分を司っています. 対してもう一つは前頭葉と呼ばれる人間が進化の過程で獲得した知的な能力を司っています.

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ある事象について脳がどちらの組織を使って判断を下すか決定するメカニズムには感情が重要な役割を果たします. 感情が昂っていれば脳は原始的な部分である大脳辺縁系で判断を下します. 対して理性的であれば脳は前頭葉で知的な判断を下します.

例えば, ある日森を歩いていたら熊と遭遇したとします. このような状況では咄嗟の判断が必要ですから脳の原始的な部分である大脳辺縁系が機能します.

あれこれ考えている場合ではないのです. 命を守ることを最優先しなければなりません.

逆にカフェで落ち着いて本を読みながら勉強しているときを考えてみてください. このような環境では人間脳は最も理性的な活動をします. 冷静で落ち着いているからです. 前頭葉の出番というわけです.

さて, トレードしている時の精神状態はどうでしょうか. ほとんどの人はおそらく熊に襲われている感覚に近い心理でトレードしているはずです. ですから脳は原始的に判断します. そして原始的な脳の機能はリスクに敏感です.

人類が狩猟をして暮らしていた時代を想像してみてください.

原始時代の人類は今よりも遥かにリスクに敏感にならなければ生き残ることができませんでした. そのため脳の原始的な部分が作用すると, 危険を避けることだけに思考が集中します.

それ以外のあらゆる要素に優先してリスクへの対応に全神経を集中させ, それ以外の事象について考えるのを止めてしまうのです.

すると恐怖の対象だけに思考が集中し, 鼓動が速くなって感情が昂りドーパミンが大量に脳内にばら撒かれます.

そして現実の歪曲化が始まります. 少しでも自分にとって有利な情報やアイデア(リスクを回避するために利用できるもの)を探してそれに飛びつくようになります.

無理な仕掛けをしたり, ロスカットできなくなるのはこれが原因です. 脳は危機的な状況を切り抜けるためにあらゆる手段を試すわけです. しかし残念ながらその試みは全て逆効果となります.

中毒との戦い

理想的な世界では " トレードの判断もカフェで本を読むみたいに前頭葉ですればいいじゃん " となるかもしれませんが, 言うは易し行うは難しです.

まず全てのトレーダーは「トレード中毒」であるという前提があります.

あなたが一度でもトレードでエキサイトした経験があれば, その時点であなたの脳は既に軽いトレード中毒です. これが数ヶ月から数年, さらに数十年となれば, 完全なトレードジャンキーの出来上がりです.

トレードジャンキーの脳はトレードを求めています. 強く強く求めています. それは麻薬やアルコール, ニコチンなどの中毒と同じです. ドーパミンが強力な脳内麻薬であることを考えればそれは当然のことでしょう.

そしてここが重要なポイントなのですが, 脳が求めていることは「トレードそのもの」であって, その結果が利益であるか損失であるかは関係ないのです.

所謂ポジポジ病や, ロスカットできないなどの現象はこのようにして発生します. ポジションを持って取引している状態, 刺激を感じている状態が続きさえすれば脳は満足なわけです.

我々はこのような, 病んで中毒を抱えた脳を回転させてトレードという知的ゲームに勝利しなければならないのです. オッズは想像しているよりも遥かに不利に傾いているのです. これを覆すには問題を一気に解決するような魔法を探すのではなく, 段階的に訓練して少しずつ脳の弱い部分を矯正してやることが必要になります.

前述の報酬システムのモデルチェンジはこの問題に対処します. 脳の原始的な領域を訓練して(調教して)正しい働き方を教えてやることが大切です. ドーパミンの作用は非常に強力ですから, それを正し方向に活用できれば優位に立つことができます.

トレードにおける正しいドーパミンの作用とは利益を喜ばす, 損失に怒らないことです.

そのような思考フローが習慣となれば段階的に理性的に取引できるようになっていきます. 最終的には前頭葉のみで判断してトレードすることも夢ではないということです.

全てのトレーダーは " トレードしたい欲求 " が現実を歪めて認識させる事実を認識し, それを上手くコントロールする必要があります.

取引をする前にまず " 今, 自分は無理にトレードしようとしていないか, 脳内麻薬に操られているんじゃないか? " と自問することが大切です.