Takehana Lab

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聖杯のメタファー

トレーダーを志す方なら誰もが "聖杯" という言葉を聴いたことがあると思います. 今回は僕の考える聖杯の定義を掘り下げます.

聖杯の定義

トレードにおける聖杯(Holy Grail)という言葉は日本で生まれたものではなく, もともと海外で生まれたものです.

その語源は有名な神話学者ジョセフ・キャンベルによって紹介された神話のメタファーです.

高度な神話研究で知られる彼の著作に登場する聖杯は, 主人公が非日常的な神話的な旅に出て, イニシエーション(通過儀礼)を経て元の世界に帰還する過程で発見される "大いなる祝福" のようなものです.

そして主人公が聖杯を通して学び取ることは毎回必ず "本当の自分自身" なのです. つまり主人公の神話としての旅とは "本当の自分自身を知るための旅" と考えることができます.

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聖杯の解釈

一般的なトレーディングにおける聖杯のイメージはジョセフキャンベルのそれとは大きく異なっていると言わざるを得ません.

どちらかといえば水晶玉を持った占い師のイメージが強いのではないでしょうか.

多くの方が聖杯と称される取引手法に触れたことがあるでしょうし, そのようなメソッドの大半が無価値であることをご存知だと思います.

例えばギャン理論やエリオット波動, 一目均衡表, フィボナッチハーモニクスなどの一般的な相場理論は あくまで僕の個人的な意見ですが このような聖杯に該当すると思います.

価格変動に何らかの特別な構造があってそれを知ることができれば, 未来は一定の確率で予測可能と定義されており, その解釈が主観的かつ論理的根拠に基づかないためです.

このような理論がもてはやされたのは時代の影響もあります. 当時はインターネットなどなく, 情報が枯渇していたためトレードに関する様々な情報をトレーダー同士で共有することができませんでした.

そのため, 特定のメソッドが有効なものであるかどうか客観的に考察するのが非常に難しかったのです.

今なら T2W や future.io などいくらでも情報共有の場がありますが, 当時のトレーダーは無数の選択肢の中から有効と思われる分析手法を自分だけの手で検証する必要がありました.

勿論パソコンもありませんしチャートも手書きです. そんな状況では一見高度に感じられる完成された手法に惹かれるのは無理からぬことです.

何しろ当時はただの移動平均クロスオーバーストラテジーが億単位で売られたりしていたのです. 商材屋にはいい時代だったわけです.

現代の聖杯

トレーディングに関する情報がネット上で共有されるようになってから, このようなメソッドが有効だと考える人はほとんどいなくなったのではないかと思います(時折スレッドや書籍でこれらの手法を論じたものを見ることがありますが, まともなトレーダーは見向きもしないでしょう).

一方で誰もがコンピューターを所有する時代になるとインジケータによる定量解析法が流行するようになりました.

今では "取引手法" と GOOGLE すれば無数のメソッドがヒットします. その大半が複雑な指標の束を論理的な根拠なく組み合わせたデタラメなものです.

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このような手法を売り込むグルは, 聖杯のメタファーを上手く隠します. つまり "利益も損失も出るが, トータルではプラスのリターンが得られるメソッド" として売り込むわけです.

このブログで以前マーケットがいかにランダムであるかについて論じました.

takehana13.hateblo.jp

この記事を読んでいただければ分かると思いますが, 金融市場とは動的モデルでしか定義できないデータの集合です.

サンプルの母集団を定義することができないのです. 言い換えれば毎日振るサイコロを変更する神様が価格を決定しているようなものです.

仮に自分がデータサイエンティストだとして, このようなデータの解析を命じられたとき, 静的なモデルを当てはめたらその時点で笑い物にされるでしょう. 市場構造が常に変化するのですからアプローチも変化しなくてはならないのです.

しかしインジケータシステムを売り込むグルは固定されたメソッド, セットアップを使えば常に安定して利益が得られると豪語します.

もうお分かりと思いますがある固定された, 静的なセットアップを厳格に実行し続ければ長期的にはプラスのリターンが得られる.という考え方は幻想です. これは本質的に水晶玉の聖杯メタファーと何も変わりません. 巧妙に隠されているだけです.

市場が動的である以上そのようなメソッドで安定した利益を得ることは不可能です. いわば動的な市場に静的なフォームを押し付けているのです.

もう一つの聖杯

このような現代的聖杯による詐欺を増長する, もう一つの要素がメンタル管理に関する理論だと言えます.

トレードに関する書籍を見ていると最近かなりメンタルに関するものが増えているように感じます. しかし, それらが語っていることはどれも本質的に同じことです.

長期的な視点でシステムを捉える, 確率的に考える, 目先のトレードに一喜一憂しないといったことです.

この件についても以前記事にしました.

takehana13.hateblo.jp

このような書籍の大半は, どこかにトレーダーの精神的聖域(サンクチュアリ)があって, そこにたどり着けばトレーダーはストレスから解放され自由にトレードできるようになると述べています.

書籍によっては扉を開けるだとか, 悟りの瞬間が訪れるだとか馬鹿げたことが書かれているかもしれません.

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宗教じゃあるまいし, このような説を真面目に信じる人はいないだろうと思うのですが, レビューなどを見ているとどうも真に受けている人がいるようなのです.

考えてみて欲しいのですが, 市場構造が動的に変化し続けているのに, あるアプローチを絶対的なものとして, それを機械的に繰り返すことにどれだけの意味があるというのでしょう.

市場構造が長期的にそのモデルに適さないものに変化して, 複雑化しても機械的に同じことを繰り返すのでしょうか. 機械的に確率的に損失が増え続けるだけなのは目に見えてます.

折角自由にものを考えることのできる人間に生まれたのに, 定められた命令を壊れたオモチャのように繰り返すメソッドを選択し, それを長期的に継続することにどれほどの意味があるというのでしょうか.

本当の聖杯

さて, これまで様々な偽物の聖杯について見てきました. では本当の聖杯はどこにあるのでしょうか.

最初のジョセフ・キャンベルの神話論に戻りましょう. 聖杯はどこか外の世界にあるのではなく自分自身の中にあります. あなたはそれを発見するのです.

まず, トレードのためのシステムを考えるとき最も重要な要素は目標設定です.

自分は今どのような状況にあり, どのような目標を持っており, どの程度のリスクが許容できるのか, それを実現するためにどのようなメソッドを適用しようとしているのか, それは実現可能なのか, それは合理的なのか, このような点について自分なりの回答を見つけます.

つまりトレーダーとしての自己分析をするのです. 就職活動のときと同じです.

そして, 決済ロジックの開発と資金管理(ポジションサイジング)に集中します.

先程までの間違った聖杯について考えてみて欲しいのですが, それらは全てエントリーのためのセットアップとトレード全体のメンタルについてのみ触れており, 決済戦略についてはほとんど言及しません.

これは人間が本能的に何かを支配し, コントロールしたいと考える欲求に根ざしています. 人間は自分や市場をコントロールしたいのです. それができないことに我慢なりません.

仕掛けるまではマーケットをコントロールできるかもしれません. 自分が求める物をマーケットが見せるまで待てばいいからです.

しかし一度仕掛けてしまえばトレードはトレーダーの手を離れ, マーケットは自分がしたいことをします. それをコントロールすることは誰にもできません.

また, 自分自身をコントロールしたいと考えます. 考え方を直したり, 世界観を変化させることで, 心をいつも同じ場所に(穏やかな場所に)固定しようとします.

しかしマーケットはトレーダーの都合など考えませんし, 不確実ですから, 頑張って考案したメンタル安定化のメソッドは予想もしない形で裏切られます.

決済戦略

市場という動的な対象と向き合うための本当の聖杯は決済戦略にあります.

相場の格言に "利食いは遅く, 損切りは早く" というものがあります. これはどちらも決済戦略のみに関するものです. 仕掛けのセットアップは無関係なのです.

決済戦略が何故重要かといえば, それが静的に定義可能なものだからです.

市場構造がどれだけ大きく変化しようと, 現在のボラテリティに従って定義された損小利大の決済システムを常に適用することは理に叶っています.

マーケットが変化すれば特定の仕掛け戦略はワークしなくなるでしょう. しかし, どのような形にせよ市場が変動を続ける以上, そこで行うトレードについてリスクリワードレシオを健全に維持することは必要不可欠なことです.

より優れた決済戦略(損失を最小化させ, 利益を最大化するもの)が見つかれば確実にリターンは安定します.

最終的に利益を得るために必要な唯一のことは利益の総額が損失の総額を上回ることです. そのためには決済戦略を最適化することが重要なのです.

金管

もう一つの聖杯は資金管理です.

各トレードについて, どの程度のリスクを割り当てるのかを決めるメソッドを考案する必要があります.

これが重要と考えられる理由も決済戦略と同じで, それが静的に定義可能なものだからです.

マーケットの構造がどのように変化しようと, 自分がどの程度の資金を各トレードに割り当てるかは 100% 自分で管理することができます.

一般的に有効なポジションサイジングのメソッドには, 例えば定率やパーセントリスクモデル, ボラテリティリスクモデルなどがあります.

いずれの資金管理メソッドもリスクを最小化し, 利益の最大化を目指しますが, それぞれには明確な特徴があり, 自分に適したものを選択する必要があります.

最終的に利益を得るために必要なことは "生き残ること, チャンスが訪れたとき利益を最大化すること" です. そのためには自分の取引手法に最適なポジションサイジングのメソッドを見つけることが必要になります.

結論

トレードにおける "聖杯" には多様な解釈があり, 現代のトレーダーの多くが求めている取引手法は預言者の水晶玉のような聖杯であって, 神話学者が定義したような真の意味の "聖杯" ではない.

本当の意味での "聖杯" は決済戦略と資金管理にあるが, ほとんどのトレーダーはその事実を認めない. 何故なら人間は何かを支配したいと考えるからだ.

常に心を穏やかに保つことのできる魔法のメソッドなどないし, 長期的にリターンを安定させることのできる魔法のセットアップも存在しない.

市場とはカオスであり, 残酷な現実を受け入れて賢く立ち回るものだけが生き残る.